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「線維筋痛症」現在では、随分浸透しつつ、ありますが

臨床上では、何も異常はなく、自律神経の乱れによる不調

まぁ、ここまでご理解いただければ、御の字ですが

診断をいただけずに、彷徨い続けている方々も、結構いらっしゃると思います。

私は幸いにも、半年程で、診断をいただけました。

それまでは、熱もないのに、体温を測るなど、倦怠感が常で、風邪で熱が出たような

状態なので、今思えば、とても不憫に思われます。

診断が確定して、どれだけ気持ちが、楽になったことか

さて、診断が出れば、生活手段を考えなければなりません。



私は幸い離職する前に、こわばりなどの症状で、診察を受けています。



東洋医学、鍼灸整骨院、では改善が見られず

拒み続けていた、整形外科での診察を決めました。

正座ができないほどの、足の甲や足先の、しびれがあり、

腰も体も、強がっては、いましたが

会社の、勧めもあり

休職して、治療に専念することに、決めました。
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すべての、温存治療は施しましたが快方に向かうことはなく、腰椎の手術をすることに

術後は、腰も体調も、思わしくなく、長引く状況になりました。

社会保障である、傷病手当金を、手配していただき、1年6ヶ月満額支給

同時期に、離職することを、決めました。

これから先は、失業保険で、賄うことになります。
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その先の、生計のプランとしては、障害年金

前々から不安でしたから、腰痛の段階で、年金事務所には、足を運んでいました。

腰痛のときは、門前払いでしたが、少しでも、体調が良い時を選ぶのですが

やっぱり、大変でした。

始めから労務士に、お願いするのも、ありでしたが、世帯主の責任感からか、

家族にも内密に、手続きを進めていました。

失業保険が、終わる前には、なんとか目鼻をつけようと、必死でした。

線維筋痛症の診断が出ても、webなどで、色々調べてみても、断定的な話は、見当たらなくて

不安を抱えながら相談員の方と面談し、今回の経緯を話す、病名を口にすると

腰痛の時とは違い「お待ち下さい」速やかに席を立ち奥の方で何やら話す声が

しばらくすると、何やら沢山の書類の束を手に戻った「やっとか」

何が何でも達成させる、力無く拳を握った。

書類の説明、診断書の要点、その場で質問し、難しそうなことを

指南を受けながら、殴り書きをした、思った以上に、細かに教えてくれた

8月の暑い日だった、やる気はあっても、体が限界だった。

エアコンで体が冷え切ってしまっていた。

その後の年金の支払い状況の確認をして

残念なことが判明する。

色々な偶然が重なり、私の離職後、(国民年金)2ヶ月間、未納である事が分かった。

年金を貰う権利を失い、最悪の展開に

ですが、在職中に、線維筋痛症の、前駆症状はあったので

重要なのは初診日、記憶をたどりながら

(対するも人なり)を念頭に置き、粛々と進め、1回目の書類を送った。
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それからは、毎日2回来る、バイクの音が、恋しくなる毎日が続く

投函して、もう8ヶ月になる、子供のように、ワクワク、ドキドキしながら

インターホン越しに、書留らしき、声かけが

「やっと来たか」サクッと開封してみる。

何度も何度も見返したが

不支給決定とあった

悔しくて、悔しくて、年金事務所の担当の方に

電話口で話を、聞いていただきました。

決定に、不満があれば、不服申立てが、できますから

その言葉を胸に、いちから見直して、事細かく、詳細まで

余すことなく書き留めて、胸を張って


審査請求、申立をしました。

この申立も初診日が厚生労働大臣との折り合いがつかず

棄却決定となる。

今度は、初診日についての、再度の審査請求をすることを決めた。

この段階で、家族に話しました。

労務士の先生に、お願いしますと、お伝えしました。



労務士でも、白旗を挙げる、難関で、webで探して、再審査請求に

精通する、労務士に、お願いするも、同じ案件を抱えていると、断られた。

ここで、かなり厳しい状況だと、これは・・・



それでも諦めずに、検索ページを眺めていると、

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NPO法人

障害年金支援ネットワーク

こちらが目に止まり、話を聞いてもらうことに

0570−028−115



こちらの思いを、受け止めていただき、それは絶対に、進めるべきだ

との、力強いお言葉をいただき、一度電話を切りました。

その後、労務士を紹介して、いただくことにしました。


そして、労務士の先生のおかげを持ちまして

再審査請求が受理され、公開審理までこぎつけました。

公開審理の日程も決まりあとはその日を待つばかりです。

{公開審理は(再)審査請求人、審査会委員、保険者、参与、によって構成される}


その日は不意に、訪れました

なんと、公開審理を、飛び越えて、決定通知書が、届いたのです。

きっと、審査官も、納得してくれたのでしょう。

やりました、何より嬉しかったのが

はじめに、提出した初診日で、納得していただけたことが

何よりも有り難く、感謝しかありませんでした。

最大で5年の遡及請求(さかのぼった)が、できますが

結果的に、4年の遡及となり、今後の生活の

希望となりました。

引っ越して、間もなくの、ことでしたから、尚更です。

娘が強靭な、後ろ楯となり、私を支えてくれました。

その後、涼しい顔して、結婚し、家をあとに

私の思うように、お祝いして挙げることが、出来たので、ホッとしました。


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諦めない、ただそれだけ。(松坂大輔、格言、引用)

まさに、諦めない気持ちだけでした。

支えがあっての事ですが・・・